チミたちはどう生きるか③
コント『来ちゃった史』
〜 とあるアパートの一室にて 〜
男「今年から大学生になったのにオンライン授業ばっかりで、つまんねえなー。合コンとか行ってみてえなー彼女つくりたいぜー」
ピンポーン
男「ん?こんな朝から誰だろ。はーい」
ガチャっ
謎の男「おはようございます。あなたドミノピザ大学の学生さんですよね。突然ですが歴史に興味はありませんか?」
男「なんですか急に!誰ですかあなた。興味ないですよ!」
謎の男「まあそんなに警戒しないで。私はドミノピザ大学で『来ちゃった史』の授業を教えている柳沢という者です」
男「柳沢さんって、お隣に住んでる柳沢さんですか?」
柳沢「そうです。たまたま隣の部屋にドミピ生がお住まいと聞いて、ついつい来ちゃいました」
男「いや、でも僕、そんな授業とってないですよ」
柳沢「『来ちゃった』というのは、漫画やドラマなどで、彼女に当たる登場人物が、彼氏の家に突然訪問し、困惑する彼氏に放つ第一声として広く認知されている慣用表現ですが」
男「急に授業を始めないでください。怖いんですけど。そして玄関先で何を言ってるんですか」
柳沢「『来ちゃった』が日本で最初に使われたのは、どの作品かご存知ですか?」
男「いや、興味ないんで。帰ってくれませんか」
柳沢「諸説ありますが、1番有力なのは、2006年に放送されたテレビドラマ『Dr コトー診療所』で、コトー先生こと五島健助が志木那島(しきなじま)の島民の家に突然訪問した際に言ったシーンが最初とされています」
男「違うと思いますよ」
柳沢「え…?」
男「まず早速彼女彼氏の関係じゃないじゃないですか」
柳沢「いや、まあ、そうだけど。しょうがないじゃん」
男「爪が甘いんですよ。起源は大事なんですから、もっと頑張って調査してくださいよ。昔の少女漫画を読むとか、普通そういうところから始めるでしょう。なんですかDr コトー診療所って。そんなわけないでしょ」
柳沢「学生さん。確かにあなたの言う通り、起源は大事ですが、もっと大事なことがあるはずです。『来ちゃった❤️』というセリフによって物語にもたらされる影響や、我々が感じる彼女についての印象の変化についてこそ論じるべきなのではないですか?更には、彼女は何故『来ちゃった❤️』のか。その心理的動線を見逃さないように注意深く物語の文脈及び女心を汲み取る能力こそ、学生さんが今1番欲しているものではないんですか?」
男「ぐぬぬ、たしかに…」
柳沢「『来ちゃった史』とは、古今東西の『来ちゃった❤️』のセリフに潜む微かな心の揺らぎに耳を澄まし、年代別に記録していくことで、時代によって移りゆく女心を読み解く学問なんです。そこを勘違いしないでいただきたい」
男「すみません生意気でした。汚い部屋ですが、どうぞ上がってください」
柳沢「分かればいいんです。では、お邪魔します」
男「…じゃあ、早速どうすれば女の子に『来ちゃった❤️』って言ってもらえるようになるのか教えてください」
柳沢「話聞いてた?」
男「え?違うの?」
柳沢「あのね、モテテク伝授のコーナーじゃないんだよ。ふざけたことを言いやがって」
男「モテテクじゃないなら、何のために男が女心を理解する必要があるんですかー!」
柳沢「そういうとこだぞ学生!結局は己の醜い欲望が第一になっているではないか。学問とは、人類が調和に近づくためのものなんだ!貴様のくだらない所有欲を満たすためのものではない!男と女、その間には深い溝があり、未だそれは深まっていくばかり。お前らみたいな者たちのせいでな。学問とは、その溝を埋めるものだ。本来は渡ることのできない2つの地点に橋をかけるものであるべきなんだ。
私たちは分り合うためにその橋を渡り、見えない彼女たちに会いに行く。私たちは分り合うために、女心を学ばないといけないんだ!
今こそ…そう、『来ちゃった史』で!」
男「先生…、おれ…来ちゃったよ…完全に来ちゃった、本当にごめん」
柳沢「見えたか。学生。その橋が見えたか」
男「見えたよ。先生。あの橋が見えたよ」
柳沢「ならば、渡るがよい。
その橋を渡るがよい」
男「ええ、渡りますよ。あの橋を渡りますよ」
柳沢「その先に、どんな景色が待っているか」
男と柳沢「それは誰にも分からない〜」
男「恐怖の風が、吹いたなら〜」
柳沢「凍てつく雨に、降られたら〜」
男「一寸先は」
柳沢「溝・溝・溝・溝!」
男「溝・溝・溝溝・溝・溝・溝溝」
男と柳沢「み〜〜〜ぞ〜〜〜〜〜♪」