土曜日が好き

土曜日が好きなので

オレという孤独

 

映画「正欲」を観た。


正常位を試みるシーンでの「普通の人も大変だね」の台詞がこの世にある全てのフレーズの中で1番共感できて、地獄を生きた数年前の孤独な自分にまで届き、過去ごと救ってくれた感覚があった。台詞が自分の過去にまで響いてくることがあるのか。


性的指向についての映画というより、個人的には孤独についての映画だった。

だから個人的な孤独の話をしながら

この映画のもつ孤独感が、自分自身の孤独感とどのように共鳴しているのかを探っていく。

 


まずこの登場人物たちと自分自身の共通点として、鬱屈した過去の体験からくる諦観が、他者との関わりや可能性を拒むことがあげられる。

人と人は簡単に分かり合えないよね、なんて次元ではなく、分かってもらおうとすること自体にとてつもない苦痛を強いられる。他者に期待をしても届かないことが当たり前になることで、簡単に心を開けない。

周りの人と同じスタート地点に立つまでにどれだけ心を殺さなければならないのか。自分のなりたい「普通」になるまでの距離があまりにも遠すぎる。次第に「普通」でない自分が人間として明らかに何かが欠落しているように思えて、終わらない自己嫌悪が始まる。オーマイガー。

夜中になると「普通の人間」になれないことへの焦りと他者への妬みと羨ましさが暴発し、同じことばかりグルグル考える。おかしくなった左脳が生み出す思考が自分の尊厳を殺しにかかってくることを、心が拒めない。動悸がする。涙が出る🥲

何よりも辛いのは、全てを諦められれば楽なのに、どうしても「普通」への憧れや欲求だけは殺せないこと。

だから、この辛さが「もう生きていたくない理由」になっているのと同時に、「まだ死ぬわけにはいかない理由」にもなっている。その堂々巡りの惨めさを何年味わって来ただろうか。今すぐ息絶えるような苦しさではないが、朝起きてから眠りにつくまでずっと、緩やかに首を絞められているような慢性的な息苦しさ。


それがヨシダの孤独だった。


不倫をする人もDVをする人も、愛されていた過去はあったはずだ。最低野郎と言われるような人間でも達成可能な普遍的な営み。しかし、結果が出せない自分はその足元にも及ばないというのか。誰のことも不幸にしない代わりに誰のことも幸せにできない無能感。吉田という名の虚無のサイクルの誕生。

モテないことは、「普通」の人にとっては、「髪型を思い切って変えてみよう」や「異性といる時の振る舞いに気をつけよう」などというような即物的実践的課題である。しかし、ヨシダのような人間にとって、モテないということは実存の問題なのだ。つまり、自分が生きていること・存在していること自体の価値に直接関わるような、苦しみを伴う命懸けの問題だったのである。ギャー。

 


だからこそ、「普通の人も大変だね」って

自分と似たような孤独感を持つ登場人物が、ヨシダという孤独に向けてスクリーン越しに言ってくれたことが、何よりもの救いになったのだ。

自分の心の状態を知っている人がいる。

ルーツやバックグラウンドが全く違うからこそ、僕らは同じ孤独で繋がれる。フィクションの中の感情がノンフィクションである自分の心へ流れ出す。僕は君たちの心を知っている。それがたまらなく嬉しい。

 


物語なんていうものは、「どこかであなたが今生きていることを知っているよ」というメッセージが、それを必要とするだれかに伝えられればそれでいいのだと思う。物語が伝えようとする何かを的確に表現するための演出や技術が高いことに越したことはないが、果たしてそこに公正さというものは必須なのだろうか。

 


現代社会における正しさを偏りなく全方面へ配慮された形で伝えるものが教科書であるなら、物語や映画は教科書的である必要はない。フィクションは、「社会」のためではなく「個人」へむけたメッセージを届け、ひたすらに個への共鳴を目指す。「正欲」は、そこに重要な意義を見出している映画なのだと感じた。

 

 

 

というわけで、「正欲」は

吉田の2023年映画ランキングの

第三位に堂々と輝いた✨

おめでとう正欲、おめでとう僕らの人生。

君の名前を呼ぶ

 

 

ねえサンドラッグ。君がブックオフだった頃のこと、今でも僕は君の近くを歩くたび、思い出すんだよ。

 

2022年1月中旬。疫病が流行してから2年の月日が経とうとしていた頃に、君が間も無く閉店するという旨の貼り紙が貼られる。そして、貼り紙の言った通り、君はちょうど1年前、読み終わった本がゆっくり畳まれていくような静けさでその歴史を綴じ、次の日には改装工事に入っていった。

 

1ヶ月で工事は終わり、すっかり様変わりした君が、冬眠から目醒めて土の中から這い出てくる動物みたいに、シャッターをこじ開けて、現れる。

 

ドラッグストアとしての君の新しい歴史が始まる。その瞬間を、僕はどんな気持ちで眺めていたのだろう。どうにも思い出せないのだけれど、近いうち薬局になった君の様子でも見に行ってやろうかなと思いながらも、僕は随分長い間、それができなかった。

 

そして、冬の寒さがほんの少し和らいで春先になろうかという頃、僕は君のもとを訪ねる。

君だった場所の中をしばらく歩いてみる、なにを買うでもなく。なにかを確かめるように、なにかを噛み締めるように、薬局になった君の中をただただ、歩く。

かつて文庫本があった棚には化粧品が並び、絵本が売られていたあたりには風邪薬が置かれ、漫画の全巻セットコーナーだったスペースには無人レジが三台並んでいた。蛍光灯の光は以前よりもずっと明るく、風邪薬の箱に書かれた細かい字なんかを見るには快適だけど、もし漫画を立ち読みするならきっとすぐ目が疲れてしまうだろうなと思った。

そんなことを考えたときだったと思う、僕はそのとき、おそらく僕自身にとってのある一つの相当重要だった季節が遂に終わってしまったんだなという強烈な確信からくる虚無感と、尊い別れがもたらす甘さと苦味が混じった寂寥に胸が張り裂けてしまうような思いがして、気がつけば君のもとを去っていたんだ。

帰り道、変わってしまった君の姿を思い出して気を重くしていると、一方で、ある事実にも気がつく。名前や外観がまるっきり変わったとしても、1階から2階へ繋がる小さなアーチを描いた階段は当然そのままであるということ。階段を登ったとき、確かに僕はかつての君の面影を感じていた。目を閉じて階段を登るのは危ないけれど、目を閉じて階段を登ればあのCD売り場に繋がっている気がする。あの階段を登ったり降りたりすることで、僕は記憶の中で君にまた迷い込むことができるような気がした。

そして、君がそこにいたことを忘れないように、君のおかげで僕が出会えた音楽や本、映画をもう一度、振り返ってみたいなとも思った。

そうして、僕が何気なく楽しんでいた娯楽の一つひとつに、"君がくれた"というバイアスをかけていく。それがカルチャーを楽しむ上で良いことなのか悪いことなのかは分からない。

 

「君だった場所」の中に僕の記憶が宿るように、「君がくれたカルチャー」の中に感じた新しい感情や信念のようなものが僕の人生にも宿りますように。いつかその感動が"君がくれていた"ことだということすら忘れていくとしても、その感動を人生で再生できることが、君を思い出すことと無意識でイコールになりますように。そんなことを今日も静かに祈ることで、出会いと別れがワンセットで美しいものであるということを証明することはできないだろうか。

 

社会人になりたての当時の僕にとって、カルチャーは、不安定な自分の心を守ってくれるほとんど唯一の存在であると言ってもいいもので、そんなカルチャーを安価で手に入れられる君はまさしく心の安息所だったんだ。いつも僕を外からも内からも守ってくれて、本当にどうもありがとう。今までお疲れ様。

そしてこれからもよろしく。

 

 

追伸

 

そう言えばちょうど今日の帰り道に、サンドラッグに寄って、君がやたら推していた村田沙耶香の「コンビニ人間」を手に取った棚でマツキヨの不織布マスクを買って帰ったんだった。懐かしいな。

 

むかし読み終えた本をもう一度ゆっくりと開くような静けさで、君の名前を呼んでみる。ねえブックオフ江坂駅前店。聴こえているかい。

 

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マーズ通信⑥

 

遥か遠い昔から伝わる言葉も

全部 無意味だとしても

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「こんばんは」

 

「こんばんは」

 

「話すこと考えてたんだけど、言葉ではうまくまとまらなくてね」

 

「そういうものさ」

 

「ただ、一つ言えるのは、途方もないほど遠くにいる誰かが自分のことを知ってたり、思ってくれてたりすることって、それだけで自分が生きていくうえで大切な何かになるかもって思ったんだよ」

 

「一人じゃないって思えるしね」

 

「例えば、仕事でうまくいかない日とかに、火星に自分のことを知ってる人がいるじゃんって思うと、気が少しだけ楽になったりするわけです。どんな悩みも火星のスケールに比べれば小さい話だなって思えるというか」

 

「それはなにより」

 

「それでね。自分のことを深く理解してくれている人や、過去に美しい思い出を共有した人とか、そういう人たちが、それぞれの人生のどこかで、何かのきっかけで自分のことを思い出したり、考えたりしてくれるかもしれないわけ。それって、捉え方によっては大なり小なり希望になり得るんじゃないかなって、君と話をしてから最近思うようになったんだよね」

 

「話すこと、まとまってるじゃない」

 

「しかしですよ、この世の中には、今も一人でずっと苦しんでいる人がいくらでもいるんですよ。これは悲しいことに未来永劫変わらないでしょう。なにしろこれだけ世界中に人がいるんだから」

 

「話のスケールが大きくなってきましたね」

 

「ここからが本題なんだけど、僕がしたいのは、そういう、今まさに苦しみや哀しみのさなかにいる、顔も名前も知らない人たちに向けて、僕はあなたのことを思っていますよって伝えるには一体どうしたらいいのやらってことで」

 

「あらあら」

 

「君は僕のことを知ってくれているから、僕の理屈で言えば、君がどこかで生きていて、たまに僕のことを思い出したりしてくれるという事実が、僕の人生のとある局面において生きる希望に変換されて、その都度それを僕は受け取ることができるわけです。ここまでは大丈夫?」

 

「たぶん大丈夫」

 

「では、僕のことを全く知らない人からでは、僕はそういった類の希望は受け取れられないのか?」

 

「え?」

 

「僕のことを全く知らない人は、僕のことを思い出したり考えたりすることはできないよね。だからと言って、希望を受け取れないわけではないと思うんだよ。例えば、車椅子で生活している人が社会でより暮らしやすいような環境を整備していきましょう、って強く思って毎日活動している人は、身の回りにいる車椅子に乗っている人たちだけでなくて、世界中にいる車椅子の利用者のことも心のどこかでは考えて生きてくれていると思うんだよね」

 

「うん」

 

「もし仮に僕が車椅子で普段生活している人であるとするなら、その人と生涯一度も関わり合うことがないとしても、その人が『車椅子で生活するみなさんの暮らしがより快適になりますように』って願ったとき、その『みなさん』の中に、僕はきっと入れてもらえていると思うんだよ。お互いに名前も顔も知らないけど、僕はその願いの中に入れてもらえている。で、どこかでそう願っている人がいるかもしれないって想像することで、僕は知らない人から勝手に希望を貰えているのです。そんなこと願ってる人が本当にいるのかは知る由もないけど。でもどこかにきっといるんだよ、なにしろこれだけ世界中に人がいるんだから」

 

「そうかもだけど。誰かの願いの中に入れてもらってたとしても、みんながみんな、それを希望に変換できるわけではないだろうから、この話は特定の人にしか理解してもらえないんじゃないかな」

 

「そうだとしても。僕が、世界のどこかにいる、しんどい思いを抱えている人のことを思い続けることで、回り回って誰かの何かを動かすかもしれないって信じていたいんだよ。それが自分にとっても希望になるから。それに、そう思うことで、いつの間にか誰かのしんどさを察知できるアンテナの感度も上がってて、いざ身の回りに苦しい人が現れた時に、いち早く気づいてあげられるかもしれないし」

 

「そうなればいいけども」

 

「ていうか君こそ、“普通に考えたら無意味に思えることでも、きっと何かしらの意味があるはずと信じてやってます族”の人じゃないか」

 

「まあ、そうなのだけど」

 

「君のそういう考え方や生き方って、捉えようによってはスピリチュアルな方面で聞こえるかもしれないけど、逆に、ちょっと頭おかしいくらい想像力を発揮しないと気づけないことや、救えない心もあるはず、って僕は思うわけだ」

 

「世界のどこにもいないかもしれない人のことを真剣に思うって、想像力が豊か過ぎてなんかおかしいね」

 

「でも、いつか自分の人生に、似たような人が近づいてきてくれたとき、その人は僕の想像の中から飛び出して、目の前にいる現実のあなたに変わるんだよ」

 

「うん」

 

「それなら僕は、まだ顔も名前も知らない、存在すらしてないかもしれないあなたのことを思って生きたい。僕が想像したあなたが、もしかしたら、現実でいつかどこかで出会ってくれるあなたになるかもしれないって思って生きたい。で、その日がいつか来ることを信じて生きることが、自分の人生をより良くしてくれると思いたいんだ」

 

「壮大ですね。応援してます」

 

「火星の人と話してるとね、スケールの大きな人間に変わるんです。だから君には感謝してもしきれないくらい」

 

「いえいえ、とんでもございません」

 

「今日で最後なのに僕ばかり話してしまって申し訳ないね。そっちではもうすぐ日にちが変わる頃かな」

 

「うん、そうだね。いま12時37分」

 

「そうか。じゃあ、ここでお話は終わりにして、最後の挨拶タイムに入りましょうか」

 

「了解」

 

「うん。いやほんとに、今までありがとうね。君と会えてよかったと思ってます」

 

「私も楽しかった。あなたのおかげで1日の最後に素敵な8分間を送れました」

 

「それなら嬉しい。では、お互いまだまだ人生色んなことがあると思うけど、なるべく楽しい明日を生きていけますように。たまに思い出しますね」

 

「私もたまに思い出します。あなたも良い明日を生きてね」

 

「はい」

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

 

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誰かが紡いだ愛と未来の歌をうたおう

 

12:00 AM

 

マーズ通信

 

 

マーズ通信⑤

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「やあ」

 

「いつも話を聞いてくれてありがとうね」

 

「いえいえ」

 

「最近のあなたはどんな感じ?」

 

「特になにも起きてはないけど。例え何かが起きたとしても、大してなにも変わらず生きていくんじゃないかな」

 

「なんか、寂しいね」

 

「それが大人の人生なんだよきっと。劇的なことが起こっても、それにいちいち影響されて、生活に支障をきたせば大事なものが守れなくなってしまうし。哀しいことも嬉しいことも、少しずつ感じなくなっていくことって必要な変化なんだよ」

 

「あなたはあなたの哀しみすら哀しめなくなっちゃうのか。それは心が強くなったってことでいいのかな」

 

「分からないけど、生きていて辛いことが、こうも多いと、自然とあらゆる感情に蓋をしてしまうというのは、自然なことでもあるよね」

 

「そうかのかな。私は、哀しいときには、人生の一部分を棒に振ったとしても存分に哀しくなりきるべきだと思うけど、それは私が何も背負うものがないから言えることなのかもね」

 

「哀しみへの向き合い方って、確立されたメソッドがあると言うよりも、人それぞれであるべきなんだよ」

 

「うーん。でもやっぱり私は、感情に蓋をされてしまうのは嫌だな。だって蓋をされたら、私がその人に心を込めて何かをしたり何かを言ったりしても、それがその人の心にまで届かないことになりはしませんか?」

 

「どうだろう」

 

「どう頑張っても、その人の哀しみを背負うことや、哀しみを解ってあげることはできないかもしれない。でもね、君の哀しみをちょっとばかし背負いたいよ!解ってあげたいよ!って、本気で伝えたいときに、心に蓋をされてたら、どうしようもないじゃない。って思うこと自体私のエゴでしかないんだけどさ」

 

「うん」

 

「そんなこと分かってるんだよ。でもさ、私は君のことそれだけスーパー大事って思ってるんだって伝えることで、もしかしたら君の心のどっかの何かが動くかもしれないじゃない。だから、哀しいときはさ、哀しいって分かるように生きててほしいし、何かに耐えることだけが強さではないって信じててほしいの」

 

「君はどうしたら地球に帰ってきてくれるの?」

 

「そんなもん、地球で生きていく気になったらだよ」

 

「君こそ、哀しい人に出会って、その人の心を救ってあげられるはずなのに」

 

「今の私が、世のため人のためなんてムリムリ。今は自分の魂を立て直すことで精一杯なんだから」

 

「僕からしたら、君が火星にいることこそが、心に蓋をしているように思えてしまうよ」

 

「でもあなたと話しているじゃない」

 

「そうだけど」

 

「前に青い夕焼けの話をしたでしょ?真っ暗闇の人生から逃げ出したくて、全部捨てて必死で逃げてきて、でも光はどこにも見えず私の周りで暗闇は暗闇のままで、もうめんどいわってなっちゃって。どうせ希望なんてないなら、誰にも関わらずに一人で生きていける場所を見つけるのがいいやって思ってここに来たわけ。これでもう誰にも何も言われないし、思う存分暗闇に浸れると思ったら、火星の夕焼けが青いとか聞いてないし、こんなに綺麗なものを見る予定じゃないのに見れちゃって、それで絶望するどころかなぜか、いつかまた昔みたいに生きていけるかもなって思えちゃったの」

 

「うん」

 

「そう思った瞬間に、ああこれが、この心の変化を感じることが、私がここに逃げてきた意味なんだなって直感したんだよ。で、二つ目の意味が、こういうことが、地球にいる絶賛絶望中のみんなにも起こり得るよって伝えることなんだなって思ってたら、あなたの声と出会ったわけ」

 

「責任を感じるね」

 

「まあ、この前火星の人と通話しちゃってさーとか言えばみんな耳を傾けてくれるでしょ。いや信じてくれないか?とりあえず、あなたの周りにいる誰かと私の話でもして、仲良くなって、その人がもし何かで辛い気持ちになってたとしたら、私の代わりに聴いてあげてほしいな。それで誰かの心が少しでも和らいだのなら、それが私が生きた意味の一部にもなる」

 

「分かった」

 

「おし。これで私の役割は一つ果たせたわけだ。じゃあ次は火星にある別の通信機をいじってみて、また別の誰かと繋がる日を夢見て過ごしますよ」

 

「そうなの」

 

「ずっとあなたとばかり話してると、さすがに情が湧いてきちゃうからね。もうそろそろ終わりにしようかなって思ってたとこなの」

 

「そうか」

 

「次会えるとしたら、それは我らが故郷、地球になるかな。ごめんね、ずっと私ばかり喋っちゃってて」

 

「地球は広いんだからまず会えないでしょ。うーんやっぱり、最後に明日話せないかな?これでお別れって気持ちが追いつかない」

 

「急に女々しくなるじゃん。分かった。じゃあ次で最後にしよ!」

 

「うん。また明日」

 

「また明日、おやすみ」

 

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公園の砂場から 大気圏突入用の

ロケットに乗って 

誰かが残した シャベルを

コックピットにして

 

 

 

12:37 PM

 

マーズ通信⑤→→→⑥

 

マーズ通信④

 

遥か遠い昔から 意味のある

偶然を伝えているんだ 

体の中から 響くのは

 

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「こんばんは」

 

「なんかさ」

 

「どうぞ」

 

「地球にいたときにね、電車に乗ってて、窓から見える夕焼けが綺麗すぎてさ。火星に行くってなったときに、あの夕焼けが見れなくなることだけが唯一の心残りだなーって思ったんだよ」

 

「まあ、そうかもしれないよね」

 

「そう。でもまあ、火星の夕焼けは火星の夕焼けで、きっと別の美しさがあるだろうって思って、楽しみにはしてたんだよ。そしたらね、初めてこっちで、夕焼け空を見た瞬間にさ、『そんなことある?!』ってびっくりしちゃって」

 

「びっくり?」

 

「うん。なんでびっくりしたかって言うと、夕方なのにだよ、空がさ、どんどん青く染まっていくの。『そう来たか!』とか思って、予想の斜め上を行きすぎて、最初は笑えたんだけど、気付いたらなぜか泣いちゃってて」

 

「うん」

 

「なんで涙が出たのか、よく分からないんだけど、なにか壮大で暖かいものが自分の心を包みこむような感覚だけがそこにあったというか。理屈とか、意味とかを飛び越えたところでの、心の条件反射として、この涙は現れたわけで、それはなんとなく、正しいなって思ったんだよね」

 

「なるほど。分かるような分からないような」

 

「もっと分からなくしていきますね。だからこの感動というのは、どこからやって来たものなのか私は解明できていないわけね。でも、人生にはこういう、人間の想像力や理解力なんかでは到達できないような、解明不能の感動が絶対に存在してるんだよ。で、それは誰にでも起こり得るって信じたくて、そのことを証明するためには、この感動がどんな成分でできているのかを知りたいなって思ったんだよ。どうしても」

 

「青い夕焼けを見たときに覚えた謎の感動について、なんとか理解したいんだね」

 

「そう。でもね、こういう感動って地球でも色々な場所で、色々なパターンで起こるよなっていうことも同時に思ったわけ。めちゃくちゃ個人的な体験だけど、こういう感動の仕方自体は普遍的だなあって感じたんだよ。それは分かる?」

 

「分かるような気がする」

 

「それが私にとっては青い夕焼けだったって話で、私にとっての青い夕焼けは、みんなにとっては別の何かの形で、きっと現れるんだよ、いつかね。ていうか、そうであってくれ!現れろ!って強く信じるという行為が、私が生きるうえでも欠かせない行為になってきてるのね。どういうメカニズムかは分からないけど」

 

「ちょっと分からなくなってきた。でも、普通にぼんやり生きてるだけだと、なかなかそんな大きな感動には出会えないよ」

 

「そう、普通は出会えないんだよ。火星に移住とかしない限りは。でもね、『絶対出会えるはずなんだよ』って私が信じたことで、それが誰かの人生の何かの歯車を、今まさに動かしている力になってるはずなんだって、信じていたいんだよ」

 

「うーん。いつもより今日は難解だぞ…。まず、なんで君が、みんなが感動することまで信じたいと思えるの?」

 

「だって、そうじゃなきゃ、私はこの世界を美しいと思えない気がするから。美しい世界っていうのはさ、絶望のない世界っていうんじゃなくてね。絶望や孤独の後に、それにふさわしい対価としての希望や安らぎが、誰しもに訪れる可能性のある世界っていうことなの、私の中ではね。そうじゃなきゃいくらなんでも辛すぎるでしょ?」

 

「うん」

 

「私が嬉しい気持ちになっているその瞬間、別のどこかで、絶対に悲しんでいる誰かがいるわけ。確実にいるわけ。で、その人には喜びがもしかしたら回ってこない可能性があるの。そのせいで、私は私の喜びを全力で喜びたいのに、私が喜んだ瞬間に、どこかで悲しんでいるその人のことがドーンと頭に浮かんでしまうわけ。会ったことすらないのに。で、気づけば私の喜びはすっかり消えてるわけ。でもね、私は私以外の誰かの悲しみに気づける瞬間を、心のどこかで待ち望んでもいるわけ。喜びが消えちゃうのにだよ。つまりこれは本当に困ったことなのよ。分かる?だから地球みたいな、人だらけの場所でなんて生きていけないのよ私は」

 

「それは大変ですね」

 

「大変なんですよ」

 

「でも分かってきた。顔も名前も知らない誰かの不安や苦しさを、それでも想像し続けたいし、きっとその行為には何かの意味があるんだって、僕もときどき考えてるから理解できる。僕は普段、なんの苦労もせず暮らしているっていう後ろめたさから、義務みたいな形でそう思っているけど、君は、誰かのことを想像するっていうこと自体を生きる理由の一つにしてしまうことで、今まさに傷ついている人がいることを忘れないようにしたいんだろうね。その人が世界のどこかで存在しているということを忘れてしまった瞬間に、君の願う美しい世界が、その逆のものとして、残酷な現実として、現れてしまう気がするんだろう。それが怖いんだと思う」

 

「たぶんそうなんだと思う」

 

「だから、全ての苦しんでいる人々に、君にとっての青い夕焼けのような、なにもかも包み込んでくれる、理屈では理解できないほどの巨大な感動が、どうか訪れてほしいと思ったわけだ」

 

「うーん、たぶんそんな感じなのかなあ。私が分からなくなってきちゃったわ」

 

「いろんな映画とか観るとさ、映画の登場人物と同じ人物は実在しないけど、でも似たような境遇で、家族構成で、同じような苦しさを抱えている人って、世界のどこかには確実に存在してるんだよなって思うじゃない?フィクションを体験する意味っていうのは、そういうような気付きをきっかけとして、作り込まれた虚構の奥底にある、人間とか人生とかの本質を見出すことなんだと思うんだよ」

 

「うん」

 

「って考えたら、君の想像力がフィクションの作品を超えて、名前も顔も知らないけど確実に実在する人たちのところへ、イメージの力で会いに行く、そして、自分の心のフィルターを通して、その人の心や人間の心の本質を理解しようとする、苦しさを伴うかもしれないけれど。でもその経験を重ねるほど君は、誰かの心に寄り添い、共鳴し、その人が予測できない程の大きな感動を与え得る存在になれるかもれないということ。つまり、君自身が誰かにとっての青い夕焼けみたいな存在になれるかもしれないってことだよ。これは途轍もない才能ですよ、僕はえらく感動しましたよ」

 

「ありがとう」

 

「何が言いたいかというとね。君がもし地球に戻れる日がやってくるとする。そしたら君はまた色々な人と出会って生きていくでしょう。その中で、きっと君の想像力や優しさに救われる人はたくさん居るはずなんだよ。これだけは想像なんか膨らませなくても、確実にそう言える」

 

「さっきから嬉しいことばっかり言ってくれるじゃないか、照れるじゃないか」

 

「だから、また寂しくなったらいつでも還っておいでよってこと」

 

「オーケー、多分還らないと思うけど、考えとくわ、センキュー」

 

「考えといて。じゃあ、今日はこんなところで寝ましょうか」

 

「グッナイ」

 

「グッナイ」

 

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12:37 PM

 

マーズ通信④→→→⑤

 

 

マーズ通信③

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「やあ」

 

「こんばんは」

 

「火星って、だいぶ寒いんだね」

 

「調べてくれて、ありがとうございます。めちゃ寒くてめちゃ孤独ですが、今となってはめちゃ慣れましたよ」

 

「ひとりでめちゃ暇な時って、何をしてるんですか」

 

「えーと、最近は文章書いたり音楽を作ったり、映像作ったりしてます」

 

「思っていたよりクリエイティブな活動をされているんですね。なんか安心しました」

 

「孤独は創作意欲を走らせますから!」

 

「表現することって、知らない自分を発見できて、楽しいのかもしれませんね」

 

「それもあるんだけど、心の奥底にあるドス黒いものとか、見ないようにしてたものとか、そういうものに向き合い続けることでもあるから、すごく傷つくし辛い思いをすることもありますけどね。ていうか、私の場合は作ってる間は結構ずっとしんどいな」

 

「あらら」

 

「でも作らずにはいられないのよね。表現というものの力を使わないと、この湧き上がる怨念を成仏させられない…っていうのは半分冗談としても、どうしようもない哀しみとか喪失を前にして、苦しくてたまらないときに、自分なりの言葉や感性を武器に変えて、必死でそれに抵抗してやる!みたいな行為を、ものを作ることを通してやってるって感じ」

 

「どうしようもない哀しみや喪失か」

 

「そう」

 

「表現をすることで、それには打ち勝てるの?」

 

「打ち勝てないよ、そんな簡単には無理だよ。一瞬だけ気持ちは楽になったりするけど、喪失感や憂鬱っていうのは、いつかまた自分の所に帰ってくるものなの。じゃあ、なんでわざわざ辛い思いをしてまで作っているのか。自分でもまだ分からないけど、きっと、その苦しさに向き合うことこそが、私の心をより深い場所で理解するための唯一の手段なんだって、どこかで気付いてるからなんだよね。で、もの作りの過程で、自分の心の中身がどんな模様になってるかを知ることが、自分を絶望から救い出すことにいつか繋がるの、きっと」

 

「心の底から生み出されてきたものを取り出して、よく観察して、そういうような作業を通して自分の心を知るっていうことかな」

 

「理科の実験みたいに言うね。でもたぶん、そういうこと。あと、作ってて楽しい!って思ってないと良いものはできないから、楽しむ気持ちは大事だね。音楽も映画も好きだから、そういうものたちが秘めているパワーをちょこっと頂いて、武器を製造し、攻撃力と防御力を少しだけ上げて、明日も頑張るぞ。って感じ。でも、最終目標は自分の本当の心の姿を見つけるっていうことだから、MPを回復するって言った方が近いかも。んー、やっぱ違うか?まあ、MPが心の何を指すポイントなのかは人によって違うんだろうけどさ」

 

「なんだか僕にはちょっと難しい話だな」

 

「まあ、そうだよね。深く考えなくても楽しけりゃ良いと思うけど、個人的にそういう意気込みでやってるって話。たかが趣味でやってるだけなのに、本気になりすぎだよね。でも、もうちょっと聞いてね。あとね、作品って、一度作るとそれはずっと後の未来にも残っていくでしょ。それって本当に希望でしかないの。今は誰にも分からなくてもいい。未来の、顔も名前も知らない人の心に私の作品の一部がスーッと入っていって、もしかしたら少しだけ哀しい気分を癒すかもしれない。ほんのちょっとの間だけ誰かの心の指針になり得るかもしれないの」

 

「うん」

 

「実際にはそんなこと起こらないかもだけど、起こるかどうかはあんまり関係なくて、可能性を残せたってことに意味がある。とてつもない苦しみと向き合うことで生み落とされた表現物が、遠い未来で、真っ暗な海原に漂う誰かの心に染み込むような言葉を、私の代わりにかけてあげられるかもしれない。時間や場所を超えて、その人の苦しみを、私の代わりに私の作品が理解してあげられるかもしれない」

 

「うん」

 

「それこそが、自分が今どうにもならない苦しみの中を生きている意味なんだって、私が私に言ってあげられるでしょ」

 

「そうだね」

 

「なんかね、私も含めた未来の誰かに向けて作ってるってところは、ある」

 

「未来の火星の移住者にむけて?」

 

「火星じゃなくても、伝えてくれる人がいれば地球の人にも届くと思ってるよ。きっと誰かに届くはずって信じてるときって、根拠はないのに、なぜか嬉しい気持ちになるんだよ」

 

「そんなもんか。じゃあ僕もその感じで音楽とか作ってみようかな」

 

「できたら聴かせてね」

 

「きみのどうしようもない孤独や哀しみに寄り添えるようなアルバムを作って、地球からお届けいたしますよ」

 

「わかった。楽しみにしてる」

 

「たかが趣味でやるだけのつもりだから、あんまり期待しないでね」

 

「ありがとう」

 

 

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12:35 PM

 

マーズ通信③→→→④

 

 

マーズ通信②

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「久しぶりですね」

 

「お久しぶりです。通信機が壊れたのを直していたらこんなに時間がかかっちゃいました。あなたはどうしていましたか?」

 

「直せるのすごいですね。理系の大学だったんですか?こっちはめちゃめちゃ大変ですよ。感染症とか戦争とか、僕はなんとかやれてますが、世界がやばめです」

 

「地球、やばめなんですか。人が多いと大変ですね。文系の大学でした」

 

「はい。みんなでどうにか生き延びていきたいと思いながら、僕個人の話をすると、毎日食べものには苦労しないし、職もあるし、行こうと思えば飲み会も旅行も行けてしまうわけで、本当に過酷な境遇の人たちに対してどこか後ろめたい気持ちもあります。僕も文系なんです」

 

「よかった、お互い文系なら仲良くできそうですね。後ろめたい気持ちは、誰でも何かしらありますよ。大事なのは、その後ろめたさを、心のどのあたりに置いとくのかを自分が決めていることなんじゃないかなと思います」

 

「理系の人は苦手なんですか?後ろめたさとの距離感が近すぎて、必要以上にしんどくなるのも良くないですが、後ろめたさって、世の中で起きていて自分には降りかかってこない不条理を他人事にしないために必要な感情だとも思います。心に後ろめたさがあるということは、見えない誰かの苦しみを理解はできなくても、意識できていることになりますし、後ろめたさを燃料にした優しさとか寄り添いの仕方もある気がしています」

 

「うーん。考えすぎなとこもあると思うけど、見えないけど絶対どこかには存在している誰かのしんどさに対して、考えることをやめないようにしたいっていう気持ちは分かる」

 

「誰かのしんどさを想像したところで、その人に何もしてあげられないことには変わりないんですけどね。でも、僕が生きていく上で大事にしていきたいことって、そういうことなんです。そういうことっていうのは、どういうことかと言うと、さっきも言ったように、今の世界は全然大丈夫じゃないわけですよ。大丈夫じゃないって言うのは、景気が良くならないとか、差別やいじめはなくならないとか、弱者と呼ばれる人に必要な支援が行き届かない、とか、挙げればキリがないですが、ひとまずそういう社会問題的なことです。そういう大丈夫じゃない世界のどこかにいる、全然大丈夫じゃないあなたに、それでも『あなたは大丈夫なんだよ』って言ってあげたいときに、それを嘘なく言えるためには、自分はどうしたら良いのか。みたいなことを、ずっと考えています」

 

「大丈夫って言葉って、手軽さが売りな言葉でもあるから、『大丈夫』の根拠がまるで無くてもその場しのぎで言うことができちゃいますもんね。でも、それで救われることだってあるから、すごく便利なんだけど、でもあなたが使いたいのは、そういう『大丈夫』ではないということだよね」

 

「何も考えずに言える『大丈夫』が無責任だとは思わないけど、その人の苦しさに本気で寄り添おうと思ったとき、賞味期限が短すぎる気がする。自分としては、なるべく血の通った『大丈夫』を言ってあげたいから、そのためにできることはしていきたい。でも、そのために何をしていけば良いかが分からないんだよな」

 

「むずいなあ。まず、そういう気持ちがあることを確認できているなら、一歩は踏み出せているはずだよね。だから二歩目以降を、どうするかだよね。苦しいその人の、周りの人に協力をお願いしたり、その人の周りの環境を調えたりするとか。苦しさの原因を考えて、解決に向けて実際に働きかけた上で、『大丈夫』って言ってあげるとか?」

 

「それだとね、言葉を超えたところでの物理的な支援になるから、それができるんならしてあげたいけど、常にできるわけでもないからさ。だからこそ言葉があるというか。言葉で寄り添うことって何かっていうと、自分が常にその人の近くで支えてあげることができない代わりに、自分の言った言葉がその人の心に寄り添って、ギリギリのところで背中を押したり支えたりする、みたいなこと、なんだよね。だからちょっと違う気もするし、福祉とか医療とかいう場所からではなく、なにげない隣人として、公園のベンチで隣に座って話すような、そういう関係性から届ける言葉として最大の『大丈夫』が言えるようになりたい。けど、そこを目指すとなると、これまでの『大丈夫』では届かなくなってくるよな、というか」

 

「むずいー。今思ったんだけど、それはね、無理じゃないですか。そんな無敵の言葉があればみんな使ってるでしょ。仮にそんな言葉があったとして、それが日常的にじゃんじゃん使われるようになれば、少しずつその言葉の大丈夫レベルも下がるし、そしたら別の言葉に置き換わるんだろうけど、置き換わるうちに、その言葉に宿っていた、さっきあなたの言ってたような大きな志もすり減っていくだろうから。どちらにせよ言葉だけで人の心を救うなんて無理なんじゃないかな。たぶん、言葉の重みって、言葉自体には無くて、その人との関係性の中でしか生まれないものだと思うから、まずあなたがすべきことは、その苦しんでる人と仲良しになることではないのかな」

 

「そうだね。でも、そうだとしても、まだ自分の中で言葉を諦めたくない気持ちもあるし、それを諦めることって何か他の見過ごしがちなことも一緒に諦めちゃうような気もしていて、これからも、もう少し考えていきたいなと思うよ。また何かアイデアを思いついたら聞いてほしい」

 

「食い下がる人だな。分かった、暇だしいつでも聞きますよ」

 

「ありがとう」

 

「ちなみに、さっき言ってた、理系の人が苦手かどうかについては、その人によります」

 

「そうだよね」

 

 

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12:35 PM

 

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