土曜日が好き

土曜日が好きなので

マーズ通信⑥

 

遥か遠い昔から伝わる言葉も

全部 無意味だとしても

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「こんばんは」

 

「こんばんは」

 

「話すこと考えてたんだけど、言葉ではうまくまとまらなくてね」

 

「そういうものさ」

 

「ただ、一つ言えるのは、途方もないほど遠くにいる誰かが自分のことを知ってたり、思ってくれてたりすることって、それだけで自分が生きていくうえで大切な何かになるかもって思ったんだよ」

 

「一人じゃないって思えるしね」

 

「例えば、仕事でうまくいかない日とかに、火星に自分のことを知ってる人がいるじゃんって思うと、気が少しだけ楽になったりするわけです。どんな悩みも火星のスケールに比べれば小さい話だなって思えるというか」

 

「それはなにより」

 

「それでね。自分のことを深く理解してくれている人や、過去に美しい思い出を共有した人とか、そういう人たちが、それぞれの人生のどこかで、何かのきっかけで自分のことを思い出したり、考えたりしてくれるかもしれないわけ。それって、捉え方によっては大なり小なり希望になり得るんじゃないかなって、君と話をしてから最近思うようになったんだよね」

 

「話すこと、まとまってるじゃない」

 

「しかしですよ、この世の中には、今も一人でずっと苦しんでいる人がいくらでもいるんですよ。これは悲しいことに未来永劫変わらないでしょう。なにしろこれだけ世界中に人がいるんだから」

 

「話のスケールが大きくなってきましたね」

 

「ここからが本題なんだけど、僕がしたいのは、そういう、今まさに苦しみや哀しみのさなかにいる、顔も名前も知らない人たちに向けて、僕はあなたのことを思っていますよって伝えるには一体どうしたらいいのやらってことで」

 

「あらあら」

 

「君は僕のことを知ってくれているから、僕の理屈で言えば、君がどこかで生きていて、たまに僕のことを思い出したりしてくれるという事実が、僕の人生のとある局面において生きる希望に変換されて、その都度それを僕は受け取ることができるわけです。ここまでは大丈夫?」

 

「たぶん大丈夫」

 

「では、僕のことを全く知らない人からでは、僕はそういった類の希望は受け取れられないのか?」

 

「え?」

 

「僕のことを全く知らない人は、僕のことを思い出したり考えたりすることはできないよね。だからと言って、希望を受け取れないわけではないと思うんだよ。例えば、車椅子で生活している人が社会でより暮らしやすいような環境を整備していきましょう、って強く思って毎日活動している人は、身の回りにいる車椅子に乗っている人たちだけでなくて、世界中にいる車椅子の利用者のことも心のどこかでは考えて生きてくれていると思うんだよね」

 

「うん」

 

「もし仮に僕が車椅子で普段生活している人であるとするなら、その人と生涯一度も関わり合うことがないとしても、その人が『車椅子で生活するみなさんの暮らしがより快適になりますように』って願ったとき、その『みなさん』の中に、僕はきっと入れてもらえていると思うんだよ。お互いに名前も顔も知らないけど、僕はその願いの中に入れてもらえている。で、どこかでそう願っている人がいるかもしれないって想像することで、僕は知らない人から勝手に希望を貰えているのです。そんなこと願ってる人が本当にいるのかは知る由もないけど。でもどこかにきっといるんだよ、なにしろこれだけ世界中に人がいるんだから」

 

「そうかもだけど。誰かの願いの中に入れてもらってたとしても、みんながみんな、それを希望に変換できるわけではないだろうから、この話は特定の人にしか理解してもらえないんじゃないかな」

 

「そうだとしても。僕が、世界のどこかにいる、しんどい思いを抱えている人のことを思い続けることで、回り回って誰かの何かを動かすかもしれないって信じていたいんだよ。それが自分にとっても希望になるから。それに、そう思うことで、いつの間にか誰かのしんどさを察知できるアンテナの感度も上がってて、いざ身の回りに苦しい人が現れた時に、いち早く気づいてあげられるかもしれないし」

 

「そうなればいいけども」

 

「ていうか君こそ、“普通に考えたら無意味に思えることでも、きっと何かしらの意味があるはずと信じてやってます族”の人じゃないか」

 

「まあ、そうなのだけど」

 

「君のそういう考え方や生き方って、捉えようによってはスピリチュアルな方面で聞こえるかもしれないけど、逆に、ちょっと頭おかしいくらい想像力を発揮しないと気づけないことや、救えない心もあるはず、って僕は思うわけだ」

 

「世界のどこにもいないかもしれない人のことを真剣に思うって、想像力が豊か過ぎてなんかおかしいね」

 

「でも、いつか自分の人生に、似たような人が近づいてきてくれたとき、その人は僕の想像の中から飛び出して、目の前にいる現実のあなたに変わるんだよ」

 

「うん」

 

「それなら僕は、まだ顔も名前も知らない、存在すらしてないかもしれないあなたのことを思って生きたい。僕が想像したあなたが、もしかしたら、現実でいつかどこかで出会ってくれるあなたになるかもしれないって思って生きたい。で、その日がいつか来ることを信じて生きることが、自分の人生をより良くしてくれると思いたいんだ」

 

「壮大ですね。応援してます」

 

「火星の人と話してるとね、スケールの大きな人間に変わるんです。だから君には感謝してもしきれないくらい」

 

「いえいえ、とんでもございません」

 

「今日で最後なのに僕ばかり話してしまって申し訳ないね。そっちではもうすぐ日にちが変わる頃かな」

 

「うん、そうだね。いま12時37分」

 

「そうか。じゃあ、ここでお話は終わりにして、最後の挨拶タイムに入りましょうか」

 

「了解」

 

「うん。いやほんとに、今までありがとうね。君と会えてよかったと思ってます」

 

「私も楽しかった。あなたのおかげで1日の最後に素敵な8分間を送れました」

 

「それなら嬉しい。では、お互いまだまだ人生色んなことがあると思うけど、なるべく楽しい明日を生きていけますように。たまに思い出しますね」

 

「私もたまに思い出します。あなたも良い明日を生きてね」

 

「はい」

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

 

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誰かが紡いだ愛と未来の歌をうたおう

 

12:00 AM

 

マーズ通信