マーズ通信⑤
12:30 PM
「もしもし、こちら火星です」
「やあ」
「いつも話を聞いてくれてありがとうね」
「いえいえ」
「最近のあなたはどんな感じ?」
「特になにも起きてはないけど。例え何かが起きたとしても、大してなにも変わらず生きていくんじゃないかな」
「なんか、寂しいね」
「それが大人の人生なんだよきっと。劇的なことが起こっても、それにいちいち影響されて、生活に支障をきたせば大事なものが守れなくなってしまうし。哀しいことも嬉しいことも、少しずつ感じなくなっていくことって必要な変化なんだよ」
「あなたはあなたの哀しみすら哀しめなくなっちゃうのか。それは心が強くなったってことでいいのかな」
「分からないけど、生きていて辛いことが、こうも多いと、自然とあらゆる感情に蓋をしてしまうというのは、自然なことでもあるよね」
「そうかのかな。私は、哀しいときには、人生の一部分を棒に振ったとしても存分に哀しくなりきるべきだと思うけど、それは私が何も背負うものがないから言えることなのかもね」
「哀しみへの向き合い方って、確立されたメソッドがあると言うよりも、人それぞれであるべきなんだよ」
「うーん。でもやっぱり私は、感情に蓋をされてしまうのは嫌だな。だって蓋をされたら、私がその人に心を込めて何かをしたり何かを言ったりしても、それがその人の心にまで届かないことになりはしませんか?」
「どうだろう」
「どう頑張っても、その人の哀しみを背負うことや、哀しみを解ってあげることはできないかもしれない。でもね、君の哀しみをちょっとばかし背負いたいよ!解ってあげたいよ!って、本気で伝えたいときに、心に蓋をされてたら、どうしようもないじゃない。って思うこと自体私のエゴでしかないんだけどさ」
「うん」
「そんなこと分かってるんだよ。でもさ、私は君のことそれだけスーパー大事って思ってるんだって伝えることで、もしかしたら君の心のどっかの何かが動くかもしれないじゃない。だから、哀しいときはさ、哀しいって分かるように生きててほしいし、何かに耐えることだけが強さではないって信じててほしいの」
「君はどうしたら地球に帰ってきてくれるの?」
「そんなもん、地球で生きていく気になったらだよ」
「君こそ、哀しい人に出会って、その人の心を救ってあげられるはずなのに」
「今の私が、世のため人のためなんてムリムリ。今は自分の魂を立て直すことで精一杯なんだから」
「僕からしたら、君が火星にいることこそが、心に蓋をしているように思えてしまうよ」
「でもあなたと話しているじゃない」
「そうだけど」
「前に青い夕焼けの話をしたでしょ?真っ暗闇の人生から逃げ出したくて、全部捨てて必死で逃げてきて、でも光はどこにも見えず私の周りで暗闇は暗闇のままで、もうめんどいわってなっちゃって。どうせ希望なんてないなら、誰にも関わらずに一人で生きていける場所を見つけるのがいいやって思ってここに来たわけ。これでもう誰にも何も言われないし、思う存分暗闇に浸れると思ったら、火星の夕焼けが青いとか聞いてないし、こんなに綺麗なものを見る予定じゃないのに見れちゃって、それで絶望するどころかなぜか、いつかまた昔みたいに生きていけるかもなって思えちゃったの」
「うん」
「そう思った瞬間に、ああこれが、この心の変化を感じることが、私がここに逃げてきた意味なんだなって直感したんだよ。で、二つ目の意味が、こういうことが、地球にいる絶賛絶望中のみんなにも起こり得るよって伝えることなんだなって思ってたら、あなたの声と出会ったわけ」
「責任を感じるね」
「まあ、この前火星の人と通話しちゃってさーとか言えばみんな耳を傾けてくれるでしょ。いや信じてくれないか?とりあえず、あなたの周りにいる誰かと私の話でもして、仲良くなって、その人がもし何かで辛い気持ちになってたとしたら、私の代わりに聴いてあげてほしいな。それで誰かの心が少しでも和らいだのなら、それが私が生きた意味の一部にもなる」
「分かった」
「おし。これで私の役割は一つ果たせたわけだ。じゃあ次は火星にある別の通信機をいじってみて、また別の誰かと繋がる日を夢見て過ごしますよ」
「そうなの」
「ずっとあなたとばかり話してると、さすがに情が湧いてきちゃうからね。もうそろそろ終わりにしようかなって思ってたとこなの」
「そうか」
「次会えるとしたら、それは我らが故郷、地球になるかな。ごめんね、ずっと私ばかり喋っちゃってて」
「地球は広いんだからまず会えないでしょ。うーんやっぱり、最後に明日話せないかな?これでお別れって気持ちが追いつかない」
「急に女々しくなるじゃん。分かった。じゃあ次で最後にしよ!」
「うん。また明日」
「また明日、おやすみ」
公園の砂場から 大気圏突入用の
ロケットに乗って
誰かが残した シャベルを
コックピットにして
12:37 PM
マーズ通信⑤→→→⑥