マーズ通信③
12:30 PM
「もしもし、こちら火星です」
「やあ」
「こんばんは」
「火星って、だいぶ寒いんだね」
「調べてくれて、ありがとうございます。めちゃ寒くてめちゃ孤独ですが、今となってはめちゃ慣れましたよ」
「ひとりでめちゃ暇な時って、何をしてるんですか」
「えーと、最近は文章書いたり音楽を作ったり、映像作ったりしてます」
「思っていたよりクリエイティブな活動をされているんですね。なんか安心しました」
「孤独は創作意欲を走らせますから!」
「表現することって、知らない自分を発見できて、楽しいのかもしれませんね」
「それもあるんだけど、心の奥底にあるドス黒いものとか、見ないようにしてたものとか、そういうものに向き合い続けることでもあるから、すごく傷つくし辛い思いをすることもありますけどね。ていうか、私の場合は作ってる間は結構ずっとしんどいな」
「あらら」
「でも作らずにはいられないのよね。表現というものの力を使わないと、この湧き上がる怨念を成仏させられない…っていうのは半分冗談としても、どうしようもない哀しみとか喪失を前にして、苦しくてたまらないときに、自分なりの言葉や感性を武器に変えて、必死でそれに抵抗してやる!みたいな行為を、ものを作ることを通してやってるって感じ」
「どうしようもない哀しみや喪失か」
「そう」
「表現をすることで、それには打ち勝てるの?」
「打ち勝てないよ、そんな簡単には無理だよ。一瞬だけ気持ちは楽になったりするけど、喪失感や憂鬱っていうのは、いつかまた自分の所に帰ってくるものなの。じゃあ、なんでわざわざ辛い思いをしてまで作っているのか。自分でもまだ分からないけど、きっと、その苦しさに向き合うことこそが、私の心をより深い場所で理解するための唯一の手段なんだって、どこかで気付いてるからなんだよね。で、もの作りの過程で、自分の心の中身がどんな模様になってるかを知ることが、自分を絶望から救い出すことにいつか繋がるの、きっと」
「心の底から生み出されてきたものを取り出して、よく観察して、そういうような作業を通して自分の心を知るっていうことかな」
「理科の実験みたいに言うね。でもたぶん、そういうこと。あと、作ってて楽しい!って思ってないと良いものはできないから、楽しむ気持ちは大事だね。音楽も映画も好きだから、そういうものたちが秘めているパワーをちょこっと頂いて、武器を製造し、攻撃力と防御力を少しだけ上げて、明日も頑張るぞ。って感じ。でも、最終目標は自分の本当の心の姿を見つけるっていうことだから、MPを回復するって言った方が近いかも。んー、やっぱ違うか?まあ、MPが心の何を指すポイントなのかは人によって違うんだろうけどさ」
「なんだか僕にはちょっと難しい話だな」
「まあ、そうだよね。深く考えなくても楽しけりゃ良いと思うけど、個人的にそういう意気込みでやってるって話。たかが趣味でやってるだけなのに、本気になりすぎだよね。でも、もうちょっと聞いてね。あとね、作品って、一度作るとそれはずっと後の未来にも残っていくでしょ。それって本当に希望でしかないの。今は誰にも分からなくてもいい。未来の、顔も名前も知らない人の心に私の作品の一部がスーッと入っていって、もしかしたら少しだけ哀しい気分を癒すかもしれない。ほんのちょっとの間だけ誰かの心の指針になり得るかもしれないの」
「うん」
「実際にはそんなこと起こらないかもだけど、起こるかどうかはあんまり関係なくて、可能性を残せたってことに意味がある。とてつもない苦しみと向き合うことで生み落とされた表現物が、遠い未来で、真っ暗な海原に漂う誰かの心に染み込むような言葉を、私の代わりにかけてあげられるかもしれない。時間や場所を超えて、その人の苦しみを、私の代わりに私の作品が理解してあげられるかもしれない」
「うん」
「それこそが、自分が今どうにもならない苦しみの中を生きている意味なんだって、私が私に言ってあげられるでしょ」
「そうだね」
「なんかね、私も含めた未来の誰かに向けて作ってるってところは、ある」
「未来の火星の移住者にむけて?」
「火星じゃなくても、伝えてくれる人がいれば地球の人にも届くと思ってるよ。きっと誰かに届くはずって信じてるときって、根拠はないのに、なぜか嬉しい気持ちになるんだよ」
「そんなもんか。じゃあ僕もその感じで音楽とか作ってみようかな」
「できたら聴かせてね」
「きみのどうしようもない孤独や哀しみに寄り添えるようなアルバムを作って、地球からお届けいたしますよ」
「わかった。楽しみにしてる」
「たかが趣味でやるだけのつもりだから、あんまり期待しないでね」
「ありがとう」
12:35 PM
マーズ通信③→→→④