土曜日が好き

土曜日が好きなので

マーズ通信②

 

12:30 PM

 

「もしもし、こちら火星です」

 

「久しぶりですね」

 

「お久しぶりです。通信機が壊れたのを直していたらこんなに時間がかかっちゃいました。あなたはどうしていましたか?」

 

「直せるのすごいですね。理系の大学だったんですか?こっちはめちゃめちゃ大変ですよ。感染症とか戦争とか、僕はなんとかやれてますが、世界がやばめです」

 

「地球、やばめなんですか。人が多いと大変ですね。文系の大学でした」

 

「はい。みんなでどうにか生き延びていきたいと思いながら、僕個人の話をすると、毎日食べものには苦労しないし、職もあるし、行こうと思えば飲み会も旅行も行けてしまうわけで、本当に過酷な境遇の人たちに対してどこか後ろめたい気持ちもあります。僕も文系なんです」

 

「よかった、お互い文系なら仲良くできそうですね。後ろめたい気持ちは、誰でも何かしらありますよ。大事なのは、その後ろめたさを、心のどのあたりに置いとくのかを自分が決めていることなんじゃないかなと思います」

 

「理系の人は苦手なんですか?後ろめたさとの距離感が近すぎて、必要以上にしんどくなるのも良くないですが、後ろめたさって、世の中で起きていて自分には降りかかってこない不条理を他人事にしないために必要な感情だとも思います。心に後ろめたさがあるということは、見えない誰かの苦しみを理解はできなくても、意識できていることになりますし、後ろめたさを燃料にした優しさとか寄り添いの仕方もある気がしています」

 

「うーん。考えすぎなとこもあると思うけど、見えないけど絶対どこかには存在している誰かのしんどさに対して、考えることをやめないようにしたいっていう気持ちは分かる」

 

「誰かのしんどさを想像したところで、その人に何もしてあげられないことには変わりないんですけどね。でも、僕が生きていく上で大事にしていきたいことって、そういうことなんです。そういうことっていうのは、どういうことかと言うと、さっきも言ったように、今の世界は全然大丈夫じゃないわけですよ。大丈夫じゃないって言うのは、景気が良くならないとか、差別やいじめはなくならないとか、弱者と呼ばれる人に必要な支援が行き届かない、とか、挙げればキリがないですが、ひとまずそういう社会問題的なことです。そういう大丈夫じゃない世界のどこかにいる、全然大丈夫じゃないあなたに、それでも『あなたは大丈夫なんだよ』って言ってあげたいときに、それを嘘なく言えるためには、自分はどうしたら良いのか。みたいなことを、ずっと考えています」

 

「大丈夫って言葉って、手軽さが売りな言葉でもあるから、『大丈夫』の根拠がまるで無くてもその場しのぎで言うことができちゃいますもんね。でも、それで救われることだってあるから、すごく便利なんだけど、でもあなたが使いたいのは、そういう『大丈夫』ではないということだよね」

 

「何も考えずに言える『大丈夫』が無責任だとは思わないけど、その人の苦しさに本気で寄り添おうと思ったとき、賞味期限が短すぎる気がする。自分としては、なるべく血の通った『大丈夫』を言ってあげたいから、そのためにできることはしていきたい。でも、そのために何をしていけば良いかが分からないんだよな」

 

「むずいなあ。まず、そういう気持ちがあることを確認できているなら、一歩は踏み出せているはずだよね。だから二歩目以降を、どうするかだよね。苦しいその人の、周りの人に協力をお願いしたり、その人の周りの環境を調えたりするとか。苦しさの原因を考えて、解決に向けて実際に働きかけた上で、『大丈夫』って言ってあげるとか?」

 

「それだとね、言葉を超えたところでの物理的な支援になるから、それができるんならしてあげたいけど、常にできるわけでもないからさ。だからこそ言葉があるというか。言葉で寄り添うことって何かっていうと、自分が常にその人の近くで支えてあげることができない代わりに、自分の言った言葉がその人の心に寄り添って、ギリギリのところで背中を押したり支えたりする、みたいなこと、なんだよね。だからちょっと違う気もするし、福祉とか医療とかいう場所からではなく、なにげない隣人として、公園のベンチで隣に座って話すような、そういう関係性から届ける言葉として最大の『大丈夫』が言えるようになりたい。けど、そこを目指すとなると、これまでの『大丈夫』では届かなくなってくるよな、というか」

 

「むずいー。今思ったんだけど、それはね、無理じゃないですか。そんな無敵の言葉があればみんな使ってるでしょ。仮にそんな言葉があったとして、それが日常的にじゃんじゃん使われるようになれば、少しずつその言葉の大丈夫レベルも下がるし、そしたら別の言葉に置き換わるんだろうけど、置き換わるうちに、その言葉に宿っていた、さっきあなたの言ってたような大きな志もすり減っていくだろうから。どちらにせよ言葉だけで人の心を救うなんて無理なんじゃないかな。たぶん、言葉の重みって、言葉自体には無くて、その人との関係性の中でしか生まれないものだと思うから、まずあなたがすべきことは、その苦しんでる人と仲良しになることではないのかな」

 

「そうだね。でも、そうだとしても、まだ自分の中で言葉を諦めたくない気持ちもあるし、それを諦めることって何か他の見過ごしがちなことも一緒に諦めちゃうような気もしていて、これからも、もう少し考えていきたいなと思うよ。また何かアイデアを思いついたら聞いてほしい」

 

「食い下がる人だな。分かった、暇だしいつでも聞きますよ」

 

「ありがとう」

 

「ちなみに、さっき言ってた、理系の人が苦手かどうかについては、その人によります」

 

「そうだよね」

 

 

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12:35 PM

 

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